第三種接近遭遇


ダビデ氏とは、知らない土地へ行ってもジョナサンがあるとそこへ入ります。
この日もそうでした。
↑写真では分かりにくいかと思いますが、店の間取り(?)が違います。

これだけいろいろなメニューがあるのに選ぶのはいつも3種類くらいの中から。
せっかくの違うジョナサンですから、
「たまには未知のものを頼もうかなぁ」
なんて2人してはしゃぐのですが、
結局のところ、いつものやつになります。

そんなこんなで食事が運ばれてきて、
これまたいつものように“今日のメニュー”をケータイカメラに収めて(↑写真)
さて、と箸を取ったそのとき、
ふとある人が眼に入りました。

席を隔てるすりガラスの向こう、さらに奥の角にいる女性、
あれは、バイキング娘ではないか?

思いもよらぬ遭遇に私は浮き足立ち、動悸息切れ、ワキ汗の興奮状態に。
もう一度よく見てみる。女友達と楽しそうに話すショートボブの髪型。

間違いない。バイキング娘だ。

こんなとこで彼女に会うなんて。
うれしさは絶頂を極め鼻血が出そうだ。

席を立って声をかけにゆこうか。

いや待てよ。
それをするとなると、ダビデに彼女が知れることになる。
ただでさえヤツはバイキング娘のことをよく思っていない。
そんなダビデにあれがバイキング娘であることを知らせるべきか?
実物を見てなおさら彼女の悪口を言われたら腹が立つし、
もしかしたら彼女のあまりの可愛さに見方が変わって、
ダビデのイヤらしい目つきに彼女がさらされたら、それはそれでもっと腹が立つ。

ダビデには、絶対に教えない。

かと言ってこのまま彼女となんの接触もせずに終わったら
今日の夜眠れない。後悔と悶々の妄想で眠れない。

私の腹は決まった。

ダビデに気づかれないように彼女へ接近するのだ。

目の前のダビデはのん気にうどんの汁なんぞをすすってる。
私の異変には気づいてないようだ。

さて、どうする。
平静を装いながらの食事で、なんとかパスタのカニ味なんて分かりゃしない。
この際カニ味なんてどーでもいい。
彼女のほうを注視しつつ、ダビデにも目をやり様子を伺う。

と、バイキング娘たちが席を立ち、レジへ向かう。
もう帰るのか。
いかん、まだ彼女と接近遭遇する手段を思いついていない。
冷や汗にまみれながらダビデを見ると、目の前のうどんに手一杯で
私にはあまり気が向いてないようだ。

そうだ!
「ちょ、ちょっとトイレ」
そう言って席を立つがダビデは返事をするでもなく、お新香をつまんでる。

トイレがレジとは反対の方向だなんてかまいやしない。
トイレの前で急反転して店の出口へ向かう。
彼女らがちょうど外へ出たところで声をかけた。
外なら、ダビデにも気づかれない。
素晴らしい、私の、このとっさの判断力。

「よ、よう。」

声のかけ方まで考える余裕がなかったので、
まるで漫画のセリフのようになってしまった。

彼女と、その友達は驚いたようにこちらへ振り向いたが、
私に気づいたバイキング娘は目が丸くなった。
その表情を見て、私はハッとして血の気が引いた。

次の瞬間、バイキング娘の顔が一気に曇る。

実はこの日は、バイキング娘から会おうと言われていた日だった。
しかし先にダビデとの撮影が決まっていたので、
断ってしまったのだ。
そんなの、ダビデのほうをキャンセルすればいいのだけど、
先約が優先、という私なりの大人のルールを守ってしまった。
私は、まじめなのだ。
そして彼女に「撮影で遠くへ行く」なんて大げさに言ったのを思い出し
血の気が引いたのだ。
ダビデとのどうでもいい撮影ではなく、
とても大事な、スケールの大きい撮影と説明していたので、
なんでこんなとこにいるのかと、彼女が怪訝になるのはもっともだからだ。

「ごめんなさい」

私は先に謝ってしまった。
あとから考えると、スケールの大きな撮影でなぜこのジョナサンにいるのかは
いくらでも言い訳ができる。
遠い撮影場所からわざわざジョナサンへ来て昼食をとる言い訳を。
なのに謝ってしまった。
それは彼女の「この男、嘘をついたな」という疑念に正解を与えてしまったことになる。

もう引き返せない。
こうなったら、謝りつづけるしかない。
不満をぶちまけるバイキング娘に対して私は頭を下げ続けた。
みっともないくらいに頭を下げ、なんとか許してもらった。

私は、なんてカッコ悪い男なんだ。

そんなことをずっと考えていた。
となりにいる彼女の友達は知らない人なので、
いくら侮蔑の目で見られてもかまわない。

しかし、ダビデにこんな姿を見られたくはない。
ただでさえ、私がバイキング娘に主導権を握られてると非難轟々なのに、
こんなとこを見られたら、何を言われるか分からない。
頭を下げつつ店内のダビデを見た時は、
まさに↑写真のような感じでまた私のパスタを撮ってるのかなんなのか、
こちらには気づいていないようだった。

ホッとした。彼女に許してもらえたのと
ダビデには何も気づかれていないことにホッとした。

トイレから帰った風に、ハンカチで手を拭きながら
などという小芝居をしながら席へ戻ったが、
そのあとダビデと何を打ち合わせしたか正直覚えていません。