雨降りとさよならノーベンバー


いつものように土曜日になると、キャバクラ『dice-ダイス』の席は客で一杯になり
喧騒と安い酒の匂いで隣にいる女の話す声も聞けないほどになる。

どっちにしたっていつも指名している「カナコ」はお得意さんが来ているらしく
俺の席にはなかなか来ない。

場つなぎで来ている女は始末が悪く、
「昔私悪かったし、今は少しでも働いて自分を更正させてくれた塾の先生の為に頑張っているんだ」と
とっても暗い話しを連発してくれている。
神妙に聞いている自分が馬鹿らしくなって「ちょっとトイレ」
なんつって席を立った。

カナコが座っているソファーを横目でみながら少しでも俺がいることを伝えようと
大袈裟に足をつんのめってみたり、わざとボーイを呼んでトイレの場所を今更ながら聞いたりしてみる。
ボーイに話しかけた時にカナコがボーイにおしぼりを頼んだらいいな。と思ったからだ。
それでもカナコは常連の50ぐらいの男と楽しそうに話している、気に入らない。
気に入らないを通り越していじいじとどーせ俺なんか的思考に移行している。

1年くらい前に友達とノリで入ったこの店にカナコは居た。
ちょうど平日でお客も少なくて友達と俺とカナコともう一人の女の子で
なんか学生時代に戻ったような楽しい飲み会をしているみたいで居心地が良かった。
俺はこの店が気入り仕事が終わると真っ先に家に帰り、
一度風呂に入ってから20時には行くようにしていた。

カナコが出勤している火、木、土のどれかは行けるようにしていた。
それが週一回の俺の楽しみだった。

3回目で携帯のアドレスを聞いてメールをしあうようになったし、
イベントには必ず行ったし、バレンタインやらひな祭りやら七夕やら
もちろんカナコの誕生日にはなるべくカナコが欲しがりそうなものをプレゼントしていた。

トイレから出て、席に戻ると少し暗い話しをしたがる女がおしぼりを渡してくれた。
トイレから戻るときは一切カナコの席をみないでおこうと決めていたが、席に着いてからそれとなくみてしまった。
向こうでカナコが俺の方を見ている。
俺は少しふてくされたような、照れた笑い顔を浮かべて「まだ?」と声に出さずに聞いてみた。
「ごめん。もうちょっと待って」というジェシュチャーでカナコは謝っている様子だった。

今日11月30日は俺の誕生日でカナコがプレゼントをくれるという約束だった。
だからこそこんなに待っているのに、だからこそ延長までして待っているのに。

23時を過ぎたころにカナコはやってきた10cm20cmの箱を持っていた。
箱は包装されてリボンがついている。
「コウちゃんごめんね。あのおっさん酔うと長くなってね…
まだ帰りそうもないし、先にコレだけ渡しておくわ」
「結構待ったんだけど。まだ席これないのかな…」
「うん。ごめんなぁ。来週の火曜は私も店休むから木曜来てくれない?」
「仕事次第になるよ」
「お願い。ね?」
渋々俺は承知して今日はこのまま家に帰ることにした。
外は雨が降っている。
傘がないから近くのコンビニで300円のビニール傘を買い家路につく。
少し酔ったみたいなのか、妙に頭が重い。
それでもカナコからもらったプレゼントをあけてみると、3個入りの牛乳石鹸が出てきた。

頭の中で「ぎゅうにゅうせっけん、良いせっけん〜」のフレーズが頭に鳴り響く。
11月の雨が窓の外を静かに降り注いでいる。

ぎゅうにゅうせっけん、良いせっけん〜ぎゅうにゅうせっけん、良いせっけん

明日から12月だ。

これで今年の俺の誕生日も終わった。

さよならノーベンバー
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