海へ


私の探偵事務所にある依頼が舞い込んだ。

「私と午前10時の海を一緒に見てくれないか」

あまりにも突飛な依頼に当初受けるべきか悩んだが報酬はいつもの2倍
手当てや経費も通常通りの内容だったので、金に困っている私は受けることにした。

事務所の家賃の払いも滞り、大家から苦情が毎日のようにきやがる。
居留守を使い、番ネコのゲルニカと机の下でブルブルと嵐がおさまるか如くするのももう疲れた。
面倒な依頼も受けてしまおうと思った矢先の出来事だった。

依頼主は40代半ばの一見美人風だが芯が強そうでやや怖い。
こういう人種は嫌いだ。
私は人を見た目で判断する悪癖があるので仕事もなかなか来ない。
浮気調査を依頼しにくる主婦にも「あんたにも問題があるから旦那が浮気するんだよ」
などと気に入らない客に対して放言してしまう。
悪評が悪評を呼び、ネットでも私の探偵事務所の口コミは☆が一つもない最低ランク。
探偵としての腕はあるはずなのに、時代が私を求めていないのだ。

そんなことはどうでもいい。
とにかく今回は人当たり良く、笑顔を絶やさず仕事をこなさなくては。

話しを聞くと依頼主は若い時から自分で会社を立ち上げ
若さや女というハンデを乗り越え、苦労に苦労を重ねて会社を大きくしてきた。
結ばれる縁も授かる子供も封印し、会社の為、社員の為にと粉骨砕身働いてきた。
得るものは確かにあったかもしれない。
しかしそれでも得られなかった普通の喜びや楽しさをどこか置いてきてしまった。
そして彼女の体は病に犯されている。
いくばくもない余命の中で、自分自身を取り戻そうと
私の事務所に依頼をしてきたらしい。
探偵の職業欄の1番初めに書いてあった私の事務所に電話しただけ。
ただそれだけのことなのだ。

私は彼女を車に乗せ。
思いつく限りの綺麗な海を提示してみた。
しかし彼女は幼き日に良く父親に連れて行ってもらった
東京湾の埋め立てから見える海が見たいと行った。
余命少ない命の中で忘れていた幼き日の思い出を胸にしまいたい。
そういうことなのだろう。
私は彼女の言う通り、車を走らせ海へと目指す…。

なんてお話しの動画は一切撮りません。
この海での撮影した作品は近日公開出来たらいいなぁ