品性とは何か

ドンキー畑なるメニューに出会って以来、本来ならサイゼリヤへ行くところを電子マネーも使えるびっくりドンキーへ浮気がちな昨今。
昼時をとうに過ぎた店内は客もまばらで、わたしから4つほど椅子をはさんだ向こう側で若い女性がひとりで食事をしてる。クチャクチャクチャクチャと、音を立てて食べている。人けが少ない店内においては余計に音が響き渡る。
思わず目をやると、これまたお箸の持ち方が独特。人差し指を使わずに小指と薬指らへんに箸をからませて食べている。逆に難しい使い方に見えるが、添えた親指と連動して器用に使いこなしてる。
「品」てなんだ、とふと考える。
見ず知らずの二十代そこそこの彼女がどういう風に育ってきたか、どういう家庭でしつけられたのか、これだけで分かってしまう。
よく、付き合う前にいっしょに食事をするとその人が分かる、というのはこういうことか。
でも本来、箸をどう持とうが自由なはずだ。その人が食べやすい方法でよいはずだ。
クチャ音が不快に感じたり、箸の持ち方に眉をひそめたりするのはなぜだ。
しかもそう感じるわたくしと、そうは感じてない彼女(自分でそうしてるわけだから)との間ですでに感覚の隔たりがある。
そんなことを悩み考えながら、運ばれてきたドンキー畑の中に迷い込んでいく。